昨年末から異常なほどのめりこんでしまったシューゲイザーの世界。ココではシューゲイザーとは何かというところから、シューゲイザーの歴史、さらには名作も挙げていく。短期間で培ってきたシューゲイザーの知識を織り込んで解説していきたい。
そしてこれがシューゲイザーの復興につながればいいなと思っています。
シューゲイザーとは
シューゲイザーは音楽のジャンルの一つで、90年代初頭にイギリスを中心に起こった小さなロック革命。ジャンルの名前は「靴(shoe)を凝視する人(gazer)」という造語らしく、海外だとShoegazing、Shoegazeなどと多少呼び名が異なる場合もある。これは、メディアがうつむき加減に演奏している彼らの演奏を見て、そのように例えたとされている。
90年代初頭にマッドチェスターと入れ替わるようにブームを巻き起こしたシューゲイザーは、
90年に
Rideがジャンルの旗手となり、
91年に多くのシューゲイザーバンドで溢れる中、
My Bloody Valentineが
『Loveless』を発表。ここで全盛を迎えたシーンだったが、以降は瞬く間に勢いが下降線を辿り、
93年辺りにはもう終焉を迎えていたという、とても短いムーブメントだった。シューゲイザーは、時期的にマッドチェスターとブリッドポップという大きなジャンルに挟まれているためか印象が薄く、その二つのつなぎ目に起こったひと時のお祭り騒ぎのようなものだったようである。
しかし、今となっては多くのアーティストからのリスペクトを受けたことでシューゲイザーは再評価されている。90年代初頭に時代を引っ張るほどの勢いをみせていたとはいえ、過小評価が否めなかったシューゲイザーは、徐々にではあるが現在もなおファンを増やしている。
サウンドの特徴
大半のバンドに共通するのは、夢幻的で浮遊感のあるサウンド。それを形成するのが、けたたましくも心地よい嵐のようなギターノイズや甘〜いヴォーカル、フワフワとした耽美なメロディなど。ネオサイケから波状したこのサウンドは、輪郭のボヤけた夢の中の世界へと、我々を誘うかのようである。そんな心地よさと美しさに溢れているのがシューゲイザーである。
特にこのジャンルで印象的なのは、ノイズが"美"を表現する材料として扱われていること。そしてどのバンドも徹底した美意識と、冷めた雰囲気を持っていたということ。そんな彼らがノイズの中の心地よさ、恍惚感を見出したことが革新的だった。
このジャンルで語られるノイズというのは、けたたましい轟音はもちろんだが、フィードバックノイズというサウンドも頻繁に用いられる。このサウンドは、アンプから出るサウンドがギターの弦を再び震わせる(フィードバックする)ことで起こるサウンドである。擬音化するならば「キーン」という耳を劈く音になる。このサウンドは、
Slowdiveが特に耽美に聴かせているが、これがとても神々しいのである。
波状のきっかけ
ジャンルのサウンドの基盤を作ったと言われるのが
Jesus and Mary Chain。
85年に発表した
『Psychocandy』での、耳の痛いノイズに力無いヴォーカルが絡むスタイルが当時はとても衝撃的で、それは
Sex Pistols以来の衝撃とまで言われていたほどである。以降、ジザメリとその作品はシューゲイザーの元祖として語られている。そしてこの後
My Bloody Valentineが
88年に
『Isn’t Anything』発表。両作品とも刺々しさが強いが、後身のバンドにとってサウンドを作るうえでの道しるべとなったに違いない。
他にも、
Pale Saints などの耽美系シューゲイザーに多大な影響を与えたという意味では、
Cocteau Twinsも無視出来ない。これらのバンドにインスパイアされた多くのバンドが、後に巻き起こるシューゲイザームーブメントを形成していく。
シューゲイザー・ムーブメントと終焉
デビュー前から評判の高かった
Rideが
90年に1stアルバム
『Nowhere』を発表。この作品が大絶賛を持って迎えられ、それに触発されたかのように数々のバンドがデビューすることになる。同年には
Pale Saintsが
『The Comforts of Madness』でデビューする。
91年になると
Slowdiveの
『Just for a Day』や
Chapterhouseの
『Whirlpool』、
Swervedriverの
『Raise』など短期間に名作が数多く生まれている。この時期は、数々のバンドが短期間で続々とデビューしてはブレイク、デビューしてはブレイクを繰り返し、多くのバンドが雨後の筍のようにシーンに飽和していく…。これこそが"シューゲイザームーブメント"である。
この盛り上がりは同年に
My Bloody Valentineの
『Loveless』リリースで頂点に達した。素晴らしい作品にファンはもちろん歓喜したが、他のバンドはあまりに完成度の高い
『Loveless』を眼前に突き出されことに戸惑いを隠せなかったようだ。この
91年を転機に、この作品を越えるため多くのバンドが試行錯誤するも、メディアに受け入れ難い土壌がシーンに広がってしまっていたため、ほとんどの作品が冷遇されてしまった。こうしてメディアにどんどん見放されていき、
92年後半にシーンは完全に失速。波は瞬く間に引いていったという…。
今だからこそ言えるが、経済的な成功を伴わなかった後発の作品も、決して駄作ではなかった。これは紛れもない事実。むしろ苦肉の末に作られたものが多いため、完成度が高くて素晴らしいものばかり。
Slowdiveの
『Souvlaki』や
Rideの
『Going Blank Again』が良い例である。
クリエイション・レコーズ
このジャンルにおいて重要なレーベルが二つある。「クリエイション・レコーズ」と「4AD」である。双方ともUKの著名なレーベルで、シューゲイザーの代表的なバンドや名作は大体この二つのレーベルから生まれている。
その中でもクリエイションは、
My Bloody Valentineをはじめ
Rideや
Slowdive、
Swervedriverなど、ジャンルの顔となっているバンドが多く名を連ねる。有名なバンドだと、
Primal Screamや
Oasisもかつて在籍していた。ブームを巻き起こしていた時期のクリエイションは他のレーベルを寄せ付けない勢いで猛進しており、このレーベルから出る作品をチェックしておけばハズレは無いだろうとも思わせていた。後にクリエイションは、マイブラのアルバム制作で巨額を投じたことで資金不足に陥り、90年代半ばに倒産したが、後身のアーティストに与えた影響を考えると、音楽に対して非常に貢献度の高かったレーベルであったことが分かる。
因みに4ADには、同レーベルの看板的存在の
Cocteau Twinsをはじめ、
Lush、
Pale Saintsと、耽美系といわれるサウンドを持ち味にしているバンドが多いのが特徴的で、現在も存続している。
日本におけるシューゲイザー
日本で最初のシューゲイザーと言われるのが、新潟発の
Paint in Watercolourというバンド。
91年にミニアルバムを出し、
92年と
93年に立て続けにアルバムをリリースした後に解散。遠くで起こっているムーブメントに触発され、彼らもこの手のサウンドを追求していったようだが、大きな日の目を見ることはなかった。その後、
94年にデビューした
Coaltar of the Deepersはシューゲイザーに限らず幅広い音楽性を魅せており、コアなファンを抱えているが、現在は国内産シューゲイザーの代表格として名前が上がることが多い。そのほかにも初期の
Supercar、ポストロック風味の
Luminous Orange。最近のバンドでは、ドリーミーさを追求している
Cruyff In the Bedroomや、分厚いノイズの洪水がたまらない
Hartfieldなど、確信的にシューゲイズサウンドを構築しているバンドも増え、少しずつではあるが日本でも盛り上がりをみせてきているようである。
再評価と「ネオ・シューゲイザー」
94年あたりからイギリスではブリッドポップが台頭し、時を待たずして「シューゲイザーは古臭い音楽」という認識をされていく。それに伴い、ムーブメントを担っていたバンドの多くは、この世間の風潮に押し流されるように次々と姿を消していった。しかし十数年たった最近、シューゲイザーの影響を公言するアーティストが多く現れたことで、その「古臭い」という考え方は現在進行形で変化している。とくにエレクトロニカアーティストからの支持が根強く、シューゲイザーを取り入れた「エレクトロ・シューゲイザー」なる言葉も生まれている。これらに加え、バンドの形態でシューゲイザーを再現する動きも見られ始め、これらの現象や音楽性は、ひっくるめて「ネオ・シューゲイザー」、もしくは「ニューゲイザー」と呼ばれている。
代表的なバンドは、エレクトロ・シューゲの代表格
Guitar、シューゲイザー以外からの影響を公言する
Amusement Parks on Fire、とてつもない轟音ノイズの塊を作り出す
Astrobrite、"ドリームポップワールド"と自ら公言しているキュートな
Asobi Seksuなどなど。他にも、種類は違うが
01年の大型新人
My Vitriol、アイスランドから生まれたポストロックバンド
Sigur Rosなど、意図せずともシューゲイザーっぽくなっているバンドも数多く存在する。このように、シューゲイザーの可能性や音楽性は日々変化し、広がっている。
マイブラの功罪
こうしてシューゲイザーは姿を変えて先進的な音楽として活躍していく兆候を見せているが、ネオ・シューゲイザーバンドの多くは
My Bloody Valentine、特に
『Loveless』との比較を避けられない状況下にいる。どのバンドもまず、名作
『Loveless』というフィルターを通して作品を聴いてしまわれている。そのためか、「マイブラに近い」「マイブラとはココが違う」とか「マイブラの延長上の作品」といった評価のされ方が大半を占める。マイブラの功績は誰が見ても素晴らしいのだが、今のシューゲイズバンドにとって
『Loveless』とは、目の前に立ちはだる大きな壁でしかなく、大いに苦しめられている。そこにマイブラの罪深さがある。「
『Loveless』を越える作品は現れない」。多くのファンはこう悟りつつも、いずれ誰かがその方程式を崩す素晴らしい作品を作ってくれることを期待して止まないのである。
――そして現在
最近、当時活躍していたバンドの再結成のニュースをよく目にするが、特に衝撃的なのは、フジロック参戦のため既に来日が決定している
My Bloody Valentine。既に各地でライブパフォーマンスを披露しているらしく、完全復活を匂わせているが、果たして新作は生まれるのだろうか。
最も積極的な活動をしているのが
Secret Shine。彼らは
93年に1stアルバムをリリースして以降コンプリート版などを発表した後
96年に解散したが、
06年に再結成。
08年の4月に待望の新作を発表し、同年の夏である現在はライブツアー真っ最中だ。
他にも
07年には
Swewrvedriverが再結成したようだが、活動の詳細は全く入ってきていない。さらに初期にシューゲイザーだった
The Verveは
08年に「Love is Noise」なる、原点回帰を匂わせる新曲を発表しているが…。
と、このようにシューゲイザーの再評価を裏付けるような現象が多々起こっている。今後は今と昔のバンドがしのぎを削りあい、シューゲイザーがよりいっそう活性化しそうな勢いも感じられ、そしてそれを期待せずにはいられない。
バンド、名盤にみるシューゲイザー
短期間ではあったものの、シューゲイザー・ムーブメントによって数え切れないほどの名作が生まれた。古臭さなど微塵も感じさせないものばかりである。というわけで最後に、このジャンルを知る上で欠かせない作品を簡潔に紹介。
代表作
◆『Loveless』 My Bloody Valentine
91年 ご存知ジャンルの代表的アルバム。シューゲイザーサウンドの完成系といわれており、良くも悪くも現在に至るまでに多大な影響をジャンルに関係なく与えている。代表曲「Only Shallow」「Sometimes」「Soon」
◆『Nowhere』 Ride
90年 シューゲイザー・ムーブメントの火付け役、ライドのデビュー作にして最高傑作。代表曲「Seagull」 「Dreams Burn Down」
◆『Whirlpool』 Chapterhouse
91年 マッドチェスターの流れを汲む、チャプターハウスの作品。代表曲「Pearl」
◆『Just for a Day』 Slowdive
91年 深いリバーブをかけたサウンドとフィードバックノイズ、そしてどこまでも広がる残響音が気持ちいい。耽美系シューゲイザーの名作。代表曲「Catch the Breeze」
◆『The Comforts of Madness』 Pale Saints
90年 狂気交じりのシンプルな演奏に、イアンマスターズ(Vo/B)の煌びやかなヴォーカルが絡みつく。代表曲「Sea of Sound」 「Time Shief」
◆『Raise』 Swervedriver
91年 グランジよりのサウンドが、荒野を疾走しているようで埃くさい。疾走系轟音シューゲイザーバンド。代表曲「Son of Mustang Ford」 「Rave Down」
◆『Spooky』 Lush
92年 二人の女性がVo/Gを担当するラッシュのデビュー作。万華鏡のように艶やかなサウンドが印象的であり、
Cocteau Twinsの純粋なフォロワーでもある耽美系シューゲイザー。代表曲「For Love」 「Monochrome」
他にも抑えておきたい名作
◆
『Treasure』 Cocteau Twins
84年 4ADの看板アーティストであり、SlowdiveやLush、Pale Saintsなどの耽美系シューゲイザーバンドに多大な影響を与えた。本作はバンドの四枚目の作品で傑作。シューゲイザーの煌びやかなメロディの大半は、このバンドからインスパイアされたものかもしれない。代表曲「Lorelei」 「Pandora」
◆
『Psychocandy』 Jesus and Mary Chain
85年 シューゲイザーの始祖的存在である、ジザメリのデビュー作。ノコギリギターと称されたサウンドと退屈そうに歌うヴォーカルの組み合わせは必聴。代表曲「Just Like Honey」
◆
『Against Perfection』 Adorable
93年 ムーブメントの時期から少し遅れてきたバンド。ムーブメント終焉期に生まれた最後の名作。シューゲイザーとブリッドポップの狭間に立つ彼らのサウンドは、ジャンルを越えて愛されるべき。代表曲「Sunshine Smile」
◆
『Doppelganger』 Curve
92年 官能的で攻撃的。後にインダストリアルサウンドを主体にして、2000年代まで活動した希有なバンド。代表曲「Horror Head」
◆
『Ferment』 Catherine Wheel
92年 正統派ロックにシューゲイザーのエッセンスを加えたような作品。野太いヴォーカルも印象的。代表曲「Black Metallic」
他にもおススメ
◆
『A Storm in Heaven』 The Verve
93年 「Urban Hymns」のイメージを考えると意外ではあるが、初期はシューゲイザーよりのサイケデリックバンドであった。本作は彼らのデビュー作。代表曲「Slide Away」「Blue」
◆
『Cold Water Flat』 Revolver
93年 唯一のフルアルバム。代表曲「Cradle Snatch」 「I Wear Your Chain」
◆
『Stereo Musicale』 Blind Mr. Jones
92年 フルート奏者をメンバーに携えた風変わりなバンド。Rideの疾走感とSlowdiveの耽美さを併せ持ち、本作はシューゲイザーの隠れた名作との評価も。代表曲「Spooky Vibes」
◆
『The Buried Life』 Medicine
93年 米国のシューゲイズバンドの2nd。鼓膜を破るかのような刺々しいノイズは、もはやジザメリの比ではない。代表曲「The Pink」
◆
『Everything's Alright Forever』 Boo Radleys
92年 90年代中期にブレイクしたバンドのため、ブリッドポップのイメージが強いが、初期はシューゲイザーだった変り種。代表曲「Lazy Day」
◆
『...xyz』 Moose
92年 鬱で気だるさのあるサウンドが魅力。こちらも初期限定のシューゲイザー。代表曲「Little Bird」
参考文献
SHOEGAZER ARCHIVES|シューゲイザー資料館 - シューゲイザーの歴史や、バンドの詳細など。
日本のシューゲイザー・シーン特集 - cruyff in the bedroomのインタビューを交えた特集。
Amusement Parks on Fireインタビュー - APOFのインタビューと、ネオ・シューゲイザーに関する記事。
NARASAKI、シューゲイザーを語る - Coaltar of the Deepersのリーダー、NARASAKIのロングインタビュー。
シューゲイザーメドレーまとめ - ニコニコ動画でシューゲイザーのメドレーが聴くことができます。うpしてくれた方に感謝。